子供の受験・かーちゃん視点の変遷を語る

今年は息子が高校受験なんですよ。

幸か不幸か(どちらでもないけど)我が子2人とも学校に生きにくさを感じるタイプ。

しかも息子は娘と性質が違うので、また新たな思考錯誤を繰り広げておりました。

しかし、娘の時と比べて息子の方が「不安材料」のようなものが多いにもかかわらず、

かーちゃんやられていません!つまり、ニュートラルに見守れています。

5年前の私のままでいたら不安に押しつぶされていたかもしれない・・・

息子に介入しすぎていたかもしれない・・・。

 

こうしていられるのも私の心の在り方が根本から覆った からなのですが、

今回は何がどう変わったのか、具体的に語ってみたいと思います。

5年前・娘の時は

5年前の娘の受験では、私はかなり神経質になっていました。

初めての子、という意気込みもあったのでしょう。

娘に対しては「夢いっぱい」でしたから。

ここで言う私の「夢いっぱい」とは、「私の価値観・良しとする枠に収まってくれる」という期待。

娘には甚だ迷惑であったことと思いますが、成績優秀・進学校合格確実・性格もおおらかで、

三者面談で担任の先生から「子育てが上手なんですね」と褒められました。

その時は嬉しくて鼻高々だったな~。

子供のことで私が褒められて鼻高々。これ子育ての勘違いを助長しましたね〜(苦笑)

制約(ビリーフ)だらけの私の心

子供を自分の枠にはめるということは、その枠に自分が囚われているから。

その枠にいることで自分を認めることができたから、

子供も例外なくそうあるべきと思ってしまうんですね。

今思うと「器のちっちぇー枠」なのですが、当時の私はそれを守るのに真剣でした。

恥を忍んでお伝えしてみますと・・・

  • 学校の成績は当然優秀でなくちゃね
  • どこでも模範的な私でいなくては(←これ、かなり強く根付いています)
  • 人から「なーんだ(ダメじゃん)」と思われたくないのよ

思い込み・信じ込み。ビリーフです。

これらのマイルールを無意識にあたりまえに守り続けていたのです。

その根底には「そのままの私はダメ」「私は出来る子じゃない」というコアビリーフ。

だから私はダメにならないように・

「出来ない子」であることがバレないように鎧を沢山身にまとっていたし、

娘は優秀な子でないといけなかったんです。

だからその枠に収まることが娘の幸せなんだと本気で思っていましたよ。

でも本当は自分のためだったんです。

 

これは「愛情」に似ていて非なるもので「心理的癒着」というんですね。

自分の在り方に執着して我が子に癒着すると、

その子は呪縛とも言える不自由さの中で生きなければならない。

この悪循環に気づかないお母さん、沢山いると思います。

子供が反抗せずに踏ん張って頑張っていると気が付きません。

制約(ビリーフ)が緩んだ私の心

で、反抗せずに踏ん張って頑張ってきた娘がドカンと潰れて不登校になり

娘のことを理解するために、救済するために必要だったのは、

自分の執着していたもの・枠を緩めて手放して緩めて手放して・・・ということでした。

娘を救済すること=私を救済すること、でした。

今の私は、自分に対して

  • 優秀でなくてもいい
  • 模範的でなくてもいい
  • 人からダメじゃんと思われてもいい

になりました。↑これは全て「他人軸」なんですね。

「人からどう思われているか」に神経を注ぎ「本当はどうしたいのか」を封印してきたわけです。

でも今は

  • 私はそのままでいい。
  • やりたくいないことはやらない。
  • やりたいことはやる。
  • 人からの評価は気にしない

そこに至りました。

気を張って生きてきた私のインナーチャイルド(内なる子供)に対して、

「今までよく頑張って来たね。もう肩の力を抜いて大丈夫だよ」と話しかけています。

そして息子の受験では

5年前と比べて私の在り方がかなり変容し「安心の世界観」の中にいられるようになりました。

そして、「そのままの私でOK」なので投影として「そのままの貴方でOK」になり、

我が子への心理的癒着もかなり剥がれています。

こだわりが強く不安感が大きい息子に対して「動じず」に見守れています。

癒着が剥がれると我が子の状態に左右されない(一緒に不安にならない・共倒れしない)ので、

だからこそ、息子が大変そうなとき

「大変なんだね」「苦しいんだね」とそのままの息子を受け止められるのです。

癒着していると我が子の問題=私の問題と捉え不安が増大し、

「そんなこと思っちゃダメ・感じてはダメ」

と伝えて自分の枠にはめようとする心理が働きます。

すると子供の心を封印させたり、葛藤がより大きなものとなってしまいます。

 

我が子の心は操作できません。

また、我が子でさえもその心を親が「理解できる」ものではないのです。

私ができることは、環境を整えること・本人の選択を尊重すること・

助けを求めて来たら全力で対応すること、です。

そして

  • 結果がどうなってもなんとかなる・大丈夫

を伝え続けることです。

本人はなかなかそのように開き直れていませんが、この時期不安になるのも無理からぬことでしょう。

私は子供の領域に立ち入らず出来る事をして見守るのみです。

合格してもしなくても息子はなんとかなります。

全ては投影元であるお母さんの心の在り方

我が子の受験をどう感じ、どう見るか・・・

我が子の成長をどう感じ、どう見るか・・・

ここに関わるのは「子供の姿」ではなく「お母さんの在り方」です。

「子供の受験が不安で心配でならない」

「子供の成長が不安で心配でならない」

というのは、子供が原因なのではなく、お母さんの心の在り方が投影元となり、

そのような感情・葛藤を創りだしています。

我が子が心配=私が心配

我が子が信じられない=私を信じられない、なのです。

その仕組みを理解し、自分の内なる心と対峙して枠を緩める。

そんなプロセスを踏むと、既にある「安心の世界」に気付けるようになるのです。

子育てに正解も不正解もない

というのが今の私の持論です。

何が良くて何が悪いとか、そんなの存在しません。

「間違い」はありませんから、安心して子育てしてください。

「正解」と思っているお母さんは、お子さんを自分の枠にはめていないかちょっとでいいから省みてください。

そもそも子育ては正解とか間違いとかいう次元で語れるものではありません。

だからこそ、「安心の世界観」に立ちながら子育てしたいですね。

子育ては「長期的な親のビリーフリセット」の場だなと痛感するこの頃です。

 

投稿者プロフィール

あらいかずこ
あらいかずこ
ビリーフリセットカウンセラー・ピアノ講師・愛猫家。

娘の不登校をきっかけに心の探求を続け、大塚彩子さんhttp://www.sonorastudio.net/
考案の「ビリーフリセット理論」を軸としたカウンセリングを展開中。誰もが持っている「無垢の心」を引き出し、本来の自分を取り戻すお手伝いをしています。
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