「『いる』、それだけでOK」の補足

 

昨日の記事の終盤に記されている「究極は「いる」、それだけでOKなんです。」について補足します。

多くの人々は「鎧」が必要だと信じ込み、「鎧」をみにまとい、「まだ足りない」ともがき続けています。

この「鎧」は人それぞれです。「成績」「学歴」「運動能力」「就職先」「資格」「技術」「収入」「仕事の成果」「勤勉であること」「競い勝つこと」「いい人であること」「周囲との和を保つこと」・・・

でもその鎧、本当に必要ですか?必要だと思い込んでさらに窮屈なループにはまっていませんか?

その鎧にこだわらなければどんな気分ですか?

・・・と、自分の「あたりまえ」に対して「それは本当?」「絶対に本当?」と問いかけると、心の奥底で何かが動くことがあります。

 

私たち親は、自分が大切にしている「鎧」が我が子にも必要だという錯覚に陥ることがあります。私も見事に陥っていました。でもその鎧、子供に本当に必要ですか?子供は輝いていますか?

これ、私たちの親もさらにその親も・・・代々続いている「ビリーフの連鎖」です。皆、それぞれの時代や置かれている環境の中で生き抜くために頑張ってきただけで、それが「愛」だったりもするのですが。

この連鎖にどこで気づくか、なんです。

「鎧」は実は幻想で必要な「気がする」だけ。それがないと生きていけない「気がする」だけなんです。ビリーフがはがれるとその構造がよーく見えてきます。

子供に対しては、「ただここに居る」「ただ在る」ことの尊さに気づくと、どんな鎧をまとわせるかは関係なくなります。この尊さに気づくと、子供にかける言葉も変わってきます。

そんな感覚で親から見守られていると実感すると、子供は真の輝きを放ち始めます。この「真の輝き」とは、世間一般の「立派な鎧」とは異質のものです。結果的に「立派」になるかもしれないし、ならないかもしれない。どちらでもいいのです。そもそも「立派」ってなんぞや、となるわけで。その捉え方も人それぞれなわけで。

一番大切なのは、子供が心の底から湧き出る好奇心や思いに従って生きているか、ということ。この願いさえも親のエゴかもしれませんが・・・

「ただ在る」子供を、「育てている」というよりも「共に生きる」という感覚になっています。そして「自分の子供」ではなく、子供という形の「魂」をお預かりしている、という感覚になっています。子供は親の所有物ではないのです。「魂」そのものが輝くためのサポート、それが親の役目。なので自分の枠や鎧に囚われている場合ではないのです。

何度もいいますが、ビリーフの連鎖にどこで気づくか・どこで連鎖を止めるか、なんです。

そのためには、私たち親自身がまず自分の存在の尊さに、「ただ在る」ことの尊さに気づくことが大切なのです。

投稿者プロフィール

あらいかずこ
あらいかずこ
ワンダーチャイルド発掘統合ナビゲーター・ビリーフリセットカウンセラー・ピアノ講師・愛猫家。

子どもの不登校をきっかけに心の探求をはじめ、大塚あやこさん考案の「ビリーフリセット心理学」認定カウンセラーに。その後、その人本来の力を取り戻す「ワンダーチャイルド発掘統合ナビゲーター」として活動中。
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