私が今日ピアノを弾いて心が躍るようになったのは、凍り付かせた当時の感情が溶け出してきたから、なのだろう。 

人は辛いことをまともに「辛い」と感じると大きくバランスを崩すから、本能的に「感じる」ことを麻痺させる。【抑圧】

幼少期から(新生児・胎児から、ということもある)それを繰り返す。

麻痺させてもその感情(傷)は消えることなく心の奥底(潜在意識)に静かに息づき【インナーチャイルド】、時には疼き、時には大きく揺れ動き、時には噴火して、今もなお日々の生活に影響を及ぼし続ける。

 

「辛い」「不安」「なんでこうなるの」「あの人苦手」「この人キライ」「子供が心配」「子供がかわいくない」・・・

そう感じる根底には、幼少期から溜め込んできた【抑圧してきたもの】【インナーチャイルドの傷つき(未完了の感情・ちゃんと感じきれていない感情)】が原因している。

 

つまり、この現実を作り出しているのは他ならぬ自分自身なのだ。

 

・・・という言い方をするとキツく感じる人もいるかもしれないが、

もうそれは本能的防御・不可抗力でそうなるとしか言いようがなく、誰でも抱えているものなので悪いことでもなんでもない。

 

しかし、そんな心の仕組みを知らないままでいると、自分の人生を、日々の生活を、「あの人がこうだから」「この人のせいで」と他人に責任転嫁する日々は延々と続く。

また、自己否定の日々も延々と続く。

 

そのステージからいつ降りるのか。

「降りる」と決断したときが自分の心と向き合うときだ。

 

長い道のりになるかもしれない。

私は心を学んでかれこれ4年になるが、未だ探求材料は尽きることなく発掘され続けている。

 

その過程で「わー、こんなに傷ついていたのか~」を実感することにもなるし、未完了の感情を味わうことにもなるので、そのときは心がイタタタタとなる。

結構面倒くさい(苦笑)。

 

面倒だけど、心のクリアリングはそこなのだ。

(イタタタタの部分)を通り抜けたあとの心の静寂や視界の広がりを体験すると

「みんなー、やっぱりこっちだよ」と言いたくなる。手招きしたくなる。

この面倒くさいこととちゃんと向き合うことがとても大切なのだ。

ここに書いた「抑圧」「インナーチャイルド・未完了の感情」はビリーフとともに見ていくもので、カウンセリングの柱のひとつとなっている。

 

カウンセラーは自分の心の探求の深さだけ人さまの心を深く見ることができる、と言われている。

私はますます「心の神秘」に魅せられ自分の心を手を変え品を変え深堀り続けている。

心オタクと呼んでください(笑)。

 

さーーーーて、ここからが本題。(なぬ~~~~前置き長すぎ!)

 

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今日は暇な一日で気ままに過ごしていた。

久しぶりにピアノも弾いた。

生徒さんたちの取り組むショパンやモーツァルトやモシュコフスキーの楽譜を広げて弾いていると、心が満たされていい気分になった。

 

探求の過程で「ピアノが実は鎧で本当に好きなことではなかった」と分かってからピアノにはほとんど向かっていない。

どうしても弾かなければならないときがあるにはあったが、心が動かず義務感で弾いていた。

ここが私の不思議なところで、生徒さんとのレッスンは心が動きまくりで好きな時間なのに、自分が弾くときは心が動かないのだ。

 

しかし今日は五十肩による右腕の痛みが癒えてきて、ちょっと弾いてみようと思った。

フレーズが歌えるようになってきた。

そして、弾きながら心が躍った。

「自分はもうピアノに執着しないし、このまま技術も下降線をたどって弾けなくなってもいい」とまで思っていたのに。

今日は心躍る自分になっていることに「へ~~~」と軽く感動を覚えたし嬉しかった。

 

弾いているうちに、学生時代の「ピアノレッスンで辛かったシーン」、「先生に言われて傷ついた言葉」、「合格発表で第一志望の大学が不合格。何も言わぬ両親に挟まれてタクシーに乗った、その温かさ」、「師匠に怒鳴られて萎縮する瞬間」の記憶がよみがえり、感情が込み上げてきた。

まさに、凍らせてしまい込んだ感情だ。

 

音楽が「音が苦」になり、それでも「これしかない」とやってきた。

しかし喜びが全く伴っていないのだから、どんなに頑張ってもモノになるはずがない。

そしていつも緊張し、ピアノは自己否定・自己卑下・劣等感の痛烈な材料となり、いつも私は傷ついていた。

そしてその傷つきをしまい込んできたのだ。

 

心の仕組みが分かっている私は別室に行き、出てきた感情を歓迎し涙を流し続けた。

高校生・大学生のころの私の涙だ。

相当深く傷ついている。

毎回毎回のレッスンを、心を麻痺させて受けてきた。

どれだけ「いい子」を演じなければならなかったのか・・・

 

10代の私を、今の私が慰める。

 

今も記事を書きながら身体が緊張し時々感情が込み上げてくる。

いい。それでいい。しっかり感じてあげるよう。

 

私が今日ピアノを弾いて心が躍るようになったのは、凍り付かせた当時の感情が溶け出してきたから、なのだろう。

こんなことを繰り返しながら「自分に還る・自分に戻る」道筋をたどっている。

その先には、「この私だからできる役割」が見えてくる。

そう、「心と繋がるレッスン」だ。「音が苦」から「音楽」への取り戻し。

そして、「いい子の殻を破りたい人」の背中を押すこと。

 

ピアノと距離を置いて3年。羽を休めてきた。

これからはピアノを弾く時間が増えていくような気がする。

「感情と繋がりきれていない私」を紐解くきっかけにもなりそうだ。

 

投稿者プロフィール

あらいかずこ
あらいかずこ
ビリーフリセットカウンセラー・ピアノ講師・愛猫家。

娘の不登校をきっかけに心の探求を続け、大塚彩子さんhttp://www.sonorastudio.net/
考案の「ビリーフリセット理論」を軸としたカウンセリングを展開中。誰もが持っている「無垢の心」を引き出し、本来の自分を取り戻すお手伝いをしています。
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