「自分はこれでいい」という言葉の効能

哲学する茶トラ。茶トラ大好きなんです(⋈◍>◡<◍)。✧♡

おっと・・・

本題に入ります!

 

自分と向き合うとか

心を探求するとか

カウンセリングを受けるとかいうのは

 

目の前の悩みを違う視点でとらえられるようになったり

置いてきた

封印してきた

亡きものにしてきた

「本当の自分」を救い出してあげたりすることなのですが

 

そのような情報は必要ない、という人も

この世にはごまんといます。

(そういう人はこのブログにたどり着かないですけどね(;^_^A)

 

今置かれている状況に満足な人・迷いがない人は、

自分の心を見る必要を感じないかもしれません。

 

極力避けて通りたい人もいるでしょう。

 

私は私のプロセスを経てカウンセラーになりここに旗を立てていて

心を見る大切さを説いていますが

結局のところ、

心を探求する、しない、どちらでもいいと思います。

 

しかし、心を探求する人もしない人も、

これだけはおさえておくといいよー、おさえておいて欲しいな、ということがあります。

それは、根底に

「自分はこれでいい」という感覚があるかどうか。

 

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私の亡母の話をします。

 

母はとても頑張り屋さんで完璧主義者。

子供の私の視点から、仕事も家事も子育ても、

しっかりこなしている人でした。

 

しかし、私が心を学ぶようになって心をクリアリングすればするほどに

晩年の母の思い通りに私が動かなくなり(遅すぎる反抗期(苦笑))

辛い思いをさせてしまった時期もありました。

 

あまりにも感覚が食い違うようになり

「お母さんビリーフだらけ!心が解放されるといいのに!」と思っていました。

 

が、今は違う感覚になっています。

 

最期まで頑張り屋さんのままで生涯を終えた母。

母のインナーチャイルドは癒されることなく頑張り続ける選択しか持たなかったのですが、

母のやり方で精一杯の愛を姉と私に注いでくれましたし、

孫たちを見守ってくれました。

 

私は子供たちの不登校で、

それまでの自分の観念や価値観ではどうにもならなくなったので

必要に迫られて心理を学びました。

そうせずにはいられなかったのです。

 

それで母との心理的癒着がはがれてきて遅い反抗期がやってきたわけですが、

心の仕組みを知らない母・癒されないまま逝った母を残念に思うかというと

全然そんなことはなく、

母は自分の在り方や生き方を貫いてきた。これはこれで見事だったなーと、

これまた私の心のクリアリングが進めば進むほどに

しみじみ実感するのです。

 

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これは全ての人に言えることだと思います。

必要を感じなければ心を見ないままでもいい。

変容することも素晴らしいけれど、貫くこともまた素晴らしい。

 

どちらも素晴らしいのですが、その根底に何があるかが肝で、

それが、冒頭にお伝えした「自分はこれでいい」という感覚です。

母はその感覚が備わっていたのだと思います。

たとえそれが心のブロックだったとしても。

本人が「これでいい」と感じていれば、それでいいのです。

 

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私たちはいつもいつも評価・比較される環境に置かれてきたので

ほとんどの人が「これでいい」ではなくて「これではダメ」「こうならなくちゃ」になっています。

以前の私を振り返ってみると、「自分はこれでいい」と思えたことがなかったです。

 

しかし、「比較」という幻想の枠から出てフラットな感覚でこの世界を見つめてみると、

みんな、ここでより良く生きようと一生懸命なだけ。

ただそれだけなんです。

 

そのための考え方が、手段が違うだけ。

だから私は

心を見ることを説きながらも

みんなこのままでもいい。

無理して変わらなくてもいい。

そんな感覚にもなります。

 

大切なのは、十人十色のバラバラな在り様の世界に立って

「自分はこれでいい」になっているか。

ご自身に問いかけてみてください。

つまり、

「これでいい」を自分に唱えてどんな感覚になるかが、

あなたがあなたをどうとらえているかのヒントに繋がります。

 

「自分はこれでいい」。

ホッとする人もいれば

複雑な感覚が出てくる人もいると思います。

複雑な感覚が出てきたら、その感覚に寄り添ってあげてください。

そこに何があるのか、見てあげてください。

 

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「これでいい」という感覚。

早くても遅くても成果が出ても出なくても

優秀でもそうでなくても

私は私だからこれでいい。

自分の全てを内包する言葉です。

 

心を探求する人もしない人も、

「これでいい」という感覚を拠り所としてみてください。

私は、「自分はこれでいい」の感覚になって初めて

亡母を「それでよかったんだね」と認められるようになりました。

不登校だった我が子たちを「それでいいよ」と思えるようになりました。

 

「私はこれでいい」。「自分はこれでいい」。

自分に繋がりやすく、

抵抗が出てきたら探求の材料にもなります。

 

私に気づきを沢山与えてくれた言葉なので紹介してみました。

 

敬愛するバカボンパパの名言のように、

「わしはこれでいいのだ。あなたはそれでいいのだ。||:3ミ」

と思い合える世界になるといいなあ、と願っています。

投稿者プロフィール

あらいかずこ
あらいかずこ
あなたとあなたの魂を繋げるカウンセラー・ピアノ講師・愛猫家。

我が子の不登校をきっかけに心理に興味を持ち、「ビリーフリセット心理学」認定カウンセラーに。その後も「いのち・魂」をテーマとする自己探求を続け、「魂と繋がり軽やかに生きる」カウンセリングを提供している。
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